第23回:オリンピックと腎臓病の意外な関係
北京オリンピックが行われていますが、皆さんの注目度はいかがでしょうか。
本コラム、実は昨年7月の東京オリンピック期間中にアップしようと作成していたのですが、コロナ感染・ワクチン関連の話題があまりに多かったために、そのタイミングを逸しておりました。
そこで現在の北京オリンピック期間中の機会を使ってご紹介したいと思います。
オリンピックの光と”影”
物事には、必ずといっていいほど「光と影」があるかと思います。
オリンピックの「光と影」において、「影」の一つにドーピングがありますね。
北京オリンピックでも、一部ドーピングに関する報道がありますが、ここでは特に触れないでおきましょう。
ドーピングというと、”いかがわしい薬物”や”筋肉増強剤”と呼ばれる「蛋白同化ステロイド」を想像される方が多いかと思いますが、じつは「意外と身近な薬」も対象だったりします。
今回は、腎臓病の方によく使われている薬にスポットを当ててみたいと思います。
ドーピングに使われる腎臓病薬とは?
わたしたち腎臓専門家が、「ドーピング対象薬」として必ず思い浮かべる薬剤に、「エリスロポエチン(EPO)製剤」があります。
この薬剤、透析されている多くの方、そして透析されていない腎臓病(保存期といいます)の一部の方は、貧血の治療として医療機関で使用されています。
エリスロポエチン(EPO)とは腎臓で分泌されるホルモンで、骨の臓器(骨髄)に働きかけて赤血球※を増やす作用を持ちます(図1)。
※赤血球:体内の組織に酸素を運搬する機能をもっており、これが足りないことを”貧血”と呼びます
特に、このホルモンは貧血や低酸素のときに、多く分泌されます。
しかし、腎臓の働きが悪くなるとエリスロポエチンの分泌量が落ちてしまうことから、赤血球が骨髄で作られにくくなり、貧血(腎性貧血といいます)になってしまいます。
そのため、「貧血を改善する」目的にこのホルモン製剤でエリスロポエチンを補充するのです。
これを貧血のない元気なアスリートに転用することで、「血液中の赤血球の数をむりやり増やそう」というのがこのドーピングの意義です。
赤血球は酸素をからだの隅々に運ぶ役割をしていることから、「赤血球の数が増えれば、酸素の運搬能力が高まり、結果として持久力があがる」という論理です。
エリスロポエチンを使ったドーピングの例
このエリスロポエチン製剤によるドーピングが特に脚光を浴びたのは、(オリンピックではありませんが)ツール・ド・フランスという自転車レースを7連覇したランス・アームストロング選手が常用していたとして、2012年に全米反ドーピング機関から永久追放されたときです。
また、リオデジャネイロ・オリンピックの女子マラソンで金メダルを獲ったケニア人選手、銀メダルを獲ったバーレーン人選手も後に、エリスロポエチン製剤の使用が発覚して資格停止処分になっています。
そのほかにも、以前からこの製剤によるドーピングは度々報告されているくらいドーピング薬として有名な薬剤なのです。
エリスロポエチンを投与すると、本当に持久力が上がるの?
ところで先にも書いた通り、エリスロポエチン製剤によって理論的には持久力が上がりそうですが、本当に効果はあるのでしょうか?
実は、このエリスロポエチン製剤によるドーピング効果を科学的に検証するというレアな研究があります。(Lancet Haematol 2017; 4: e374-e386)
この研究の方法はとても単純で「エリスロポエチン製剤を使った選手と、偽薬(プラセボ)を使った選手とを比較して、競技パフォーマンスに差があるのか?」というものです。
ただ、研究とはいえプロ選手にエリスロポエチン製剤を投与してしまうと、”リアルなドーピング”になってしまうので、「プロに準ずる能力をもつアマチュア選手」を対象にしてやってみたそうです。
結果はどうだったのでしょう?
・・・
エリスロポエチン製剤を投与された選手は、(一部の検査データが向上しはしましたが)実際のタイムなどの競技パフォーマンスには差はありませんでした(図2)。
つまり、エリスロポエチン製剤は(理論的には)持久力をアップする効果がありそうですが、現実的にはあまり意味がなかったということです。
まとめ
もしかしたら、ドーピングは体に対する実際の効果というよりも、「何となく強くなった気がする」という精神的な影響が大きいのかもしれませんね。(第1回のコラムで書いた「うなぎ」と同じ効果かもしれません)
最後に、腎臓病の方に対して私たちがエリスロポエチン製剤を使うのは、「貧血治療」のためですので、「ドーピング」にはあたりません。