第11回:ブースター接種は必要?不要? ~なぜ科学者でも意見が分かれるのか~
ここ数日で、コロナウイルスワクチンのブースター接種について、いくつかの国で動きがありました。
英国では50歳以上の人全員を対象として、3回目の接種を行うことを発表したとのことです。(今のところ英国では1,2回目のワクチンがどの種類であっても、3回目はファイザー製が使用されるようです)
日本でも、本日(9月17日)、2回目接種から8か月以降に3回目接種を行う方針が、厚労省から発表されました。
一方で、米国では、8月にバイデン大統領が2回目接種を受けてから8か月後に3回目接種を行う方針を発表はしましたが、未だその方針が定まっていない状況です。
というのも、米国食品医薬品局(FDA)の科学者と米国政府との見解の不一致がかなり強いようで、FDAのワクチン部門を率いていた科学者2人がバイデン大統領の方針発表に不満を抱いて、辞任する騒ぎまで起きてしまっているのです。
また、FDAや世界保健機関(WHO)の国際的な科学者グループは9月13日付けの論文で、ブースター接種を積極的には支持しない声明を発表しました。
更に、9月15日付けの論文でイスラエルのグループがブースター接種の効果に関する研究を発表したことから、にわかに議論がはげしくなってきました。(米国でも、9月17日に再度検討されるようです)⇒9月17日のFDA外部専門家会議では、16対2で「16歳以上にブースター接種すること」が否決された後、激しい議論の末、「”65歳以上”と”重症化リスクの高い人”にブースター接種すること」で落ち着いたようです。ちなみに、”重症化リスクの高い人”の定義はまだ決定していないとのことです。(9/17 ニューヨーク・タイムズ紙より)
ここで、あることに疑問を感じませんか??
WHOがブースター接種に慎重になる理由は何となく想像がつきますよね。
その一つは、よく報道されているように「途上国へもワクチンを供給したい」という意図が一つにはあるからです。
しかし、FDAは完全な米国の機関です。
これまでの米国のワクチン接種に対する動きをみていると、米国機関が他国(途上国)の感染対策を優先するような気運に突然変わるとは思えないのです。
つまり、FDAまでもがブースター接種に慎重になる理由が、
「よく報道されている理由(途上国へもワクチンを供給したい)とは異なるのでは?」
と感じるわけです。
では、FDAが反対する理由とはいったい何なのでしょうか?
更に、以前の私のコラム(第5回、第9回)でもご紹介した通り、
ワクチン効果が時間と共に低下していくことは、科学的証拠として確立されてきています。
それにも関わらず、
なぜここまで科学者からの反対意見が強いのでしょうか?
これらの理由について、先ほど述べた2つの論文からひも解いてみたいと思います。
ブースター接種に関するイスラエルからの論文とは?
まず、イスラエルから発表された、ブースター接種の効果についての論文です。
(この研究は、イスラエル保健局のデータベースから、60歳以上の110万人以上の健康記録に基づいて、ブースター接種の効果に関するデータを収集しています。イスラエルでは2021年7月30日からブースター接種キャンペーンを始めたらしく、その日から8月30日までを観察しています。そして、7月30日からブースター接種日までを”非ブースター接種グループ”、ブースター接種日から12日間を”ブースター接種グループ”として、その2つのグループで感染率を比較しています。つまり、同一人物でも、ブースター接種日を境界にして、どちらのグループにも入るような研究デザインです。)
結果です。
① ブースター接種後少なくとも12日間は、コロナウイルス感染率が約11分の1に低下した
② ブースター接種を受けた人は、重篤疾患※1の割合が約20分の1であった
(※1:重篤疾患:詳細は割愛しますが、呼吸数や酸素飽和度などの数値で定義しています)
更に、図のように、ブースター接種12日後から25日後まで観察しても、感染減少の割合は、最大20分の1程度まで減少した時期もあったということです。
(因みに、接種後1週間程度の感染減少割合が少なく、あまり効果がないように見えるのは、ワクチン接種後の数日間は、症状がなければPCR検査を受けることが少なくなる傾向があるため、PCR検査数に対する陽性者割合が増えてしまうことが原因とのことです。)
これらの結果を見ると、
「やっぱりブースター接種は効果がある。必要だ!」
と考えてしまいます。
しかし、この研究結果で指摘されている点が、2つあります。
① 2回目接種後半年以上経った後の効果と、ブースター接種12日後の効果を比較していること
② ブースター接種12日(~25日)の感染予防効果は示されたが、長期の効果は未だに分からないこと
①についてです。
先程も書いた通り、ワクチン効果は時間と共に低下していくことは、科学的証拠として確立されてきているわけで、
2回目接種後半年後とブースター接種直後を比べても、予防効果に違いがあることは当たり前すぎることから、
この結果でブースター接種を決定づけるものではないということです。
②は、長期の効果が分からないと、追加接種を数か月ごとに今後永遠に続けなければならないかもしれない、
ということになってしまいます。
これらのことから、FDAの科学者たちは、
この論文がブースター接種の決め手になるとは考えていない
ようです。
WHO・FDAの科学者から発表された論文とは?
では、もう一つのWHOやFDAの科学者たちが発表した論文には、どんなことがかいてあるのでしょうか。
① 免疫不全の方や、2回のワクチン接種で効果がなかった方には、ブースター接種が必要かもしれない
② ブースター接種を一般的に行うほどの安全性が確立されていない
③ ワクチンの効果は、短期的な感染予防効果よりも長期的な重症化予防効果が高い(下図参照)
④ 今使われているワクチンをブースター接種していくと、新たな変異株が出現する可能性がある
これを見ると、①にあるように
必ずしもブースター接種を全て否定しているわけではありません。
(更に、③については、特別に図を載せて強調しているようです。これは、「感染予防に効力を発揮する”液性免疫”と呼ばれる免疫(中和抗体価で測定できる免疫です)は、数か月で落ちてしまうが、”細胞性免疫”と呼ばれる長期に体の中で記憶される免疫(測定が難しい免疫です)が、ワクチンによってもたらされてるからではないか」と、書いてあります。)
①~④に書いたことをまとめると、
「今のワクチンは、”感染予防”よりも”重症化予防”に効果を発揮しており、今後の見通しが立たないまま短期的な感染予防目的にブースター接種を広く行うことは、安全性や長期的効果、新たな変異株出現の可能性などのリスクと天秤にかけると、妥当ではない」
とい言いたいようです。
ブースター接種積極派と慎重派の考え方の違い
多くの報道をみていると、ブースター接種に慎重派の科学者の考えが、
「途上国へのワクチン供給が不足している中で、裕福な先進国が勝手にワクチン接種を進めるのに歯止めをかけたいから」
ととらえられてしまっているようです。
たしかにそれも理由の一つでしょう。
しかし、先の論文でもご紹介した通り、
免疫不全者や免疫が付きにくい人へのブースター接種に関しては、科学者たちも特に否定していないのです。
なぜならこのような人は、感染すると重症化する可能性があるからであり、
さらに
ワクチンに長期的な”重症化予防”効果があることは、科学的証拠として確立されてきている
からです。
つまり、
ブースター接種慎重派の科学者は、ワクチンを長期的な”重症化予防策”として考えている
のです。
おそらく、ブレークスルー感染(ワクチン接種後の感染)も当たり前になってきた今、
「”感染予防策”としてワクチンを使うことは、安全性や新たな変異株出現の可能性を考えると有効でない※2」
と考えていると思われます。
(※2:ただし、これも無症状~軽症者の受け入れ体制、重症化した場合の医療体制が整ったことが前提での考えです。そういった意味では、日本の医療体制やワクチン接種、PCR検査体制では、その前提にも届いていないかもしれません。)
一方で、
ブースター接種積極派の科学者は、ワクチンを短期的な”感染予防策”として考えている
のです。
この考え方の相違がある中での議論になっているため、ブースター接種に関する方針が定まらないことが、これらの論文から見えてきますね。
まとめ
たしかに世界中でパンデミックになっている現状、そして世界レベルでワクチンを接種しないといけない現状を考えると、ワクチンの役割をもう1度見直す時期が来ているのかもしれません。
それは、「新型コロナウイルスとどう付き合っていくのか」という問題でもあり、ワクチンパスポートのあり方についての議論にも通じると個人的には思います。(ワクチンパスポートについては、次回以降でコラムの載せる予定です)
どこかで「ワクチン効果」といっている記事や報道に出会ったときに、それが”感染予防効果”なのか、”重症化予防効果”なのかを考えながら見てみると、ワクチンに関する様々な問題の本質が見えてくるかもしれません。
いずれにしても、ブースター接種を行うにあたって、「ワクチンを何のために接種するのか」についての意思統一が、世界中でもう一度必要なのかもしれませんね。