第52回: ふたつの薬を一緒に使うと、腎臓にもっといい? ~フィネレノンとエンパグリフロジンの併用療法~
糖尿病と慢性腎臓病(CKD)をお持ちの方は、誰でも「腎臓をこれ以上悪くしたくない」「透析はなるべくさけたい」と思いますよね。
最近は、腎臓を守ることがわかってきた薬が登場し、治療の幅も広がってきました。
そのなかでも注目されているのが「SGLT2阻害薬」と「MR拮抗薬」という2つの薬です。
では、この2つを一緒に使うと腎臓にとってもっと良い効果があるのでしょうか?
今回ご紹介するのは、そんな疑問に答えるために行われた大規模な国際研究の結果です。
1.背景 ~注目される2つの腎保護薬~
これまで、糖尿病性腎症の治療といえば、血圧を下げるくすり、特に「ACE阻害薬」や「ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)」)と呼ばれるものが中心でした。
しかし最近、以下の2つの薬が腎臓を守るあらたな選択肢として加わり始めています:
SGLT2阻害薬(ダパグリフロジンやエンパグリフロジンなど) :
尿に糖を出して血糖を下げるくすりで、元々は糖尿病のくすりとして発売されました。
そして、近年は腎臓への負担を軽くし、腎機能の悪化を防ぐ効果もあることがわかってきました。
MR拮抗薬(フィネレノン):
血圧や塩分バランスに関係するホルモン(アルドステロンなど)の悪影響を防ぎ、腎臓や心臓を守る薬です。
これらはそれぞれ別の働きから腎臓を守る作用があるくすりなので、「もしかして一緒に使えば、もっと腎臓を守れるのでは?」と考えてしまいます。
ただ、これまでの研究では、同時に使ったときの効果や安全性が十分にはわかっていませんでした。
そこで行われたのが、今回の研究です。
2.研究の内容 ~どんな人が、どういう方法で調べたの?~
この研究では、世界中の糖尿病による慢性腎臓病をわずらった患者さん800人が参加しました。
患者さんの腎機能は、eGFR(推算糸球体濾過量)が30~90、たんぱく尿(尿中アルブミン/クレアチニン比)が0.1~5.0(g/g・Cr)です。
また、全員が、先ほど書いたこれまでの治療薬であるACE阻害薬またはARBと呼ばれる血圧を下げるくすりを内服していました。
この800人を、以下の3グループに分けて、180日間治療を行いました。
グループ | 使った薬 |
---|---|
A群 | フィネレノン+エンパグリフロジン(併用) |
B群 | フィネレノンのみ |
C群 | エンパグリフロジンのみ |
効果の判定には、「たんぱく尿(尿中アルブミン/クレアチニン比)」の変化が使われました。
ちなみに、たんぱく尿は「腎臓が傷んでいるかどうか」をみる大事な指標*です。 * 詳しくは ⇒こちらをクリック
3.結果 ~併用療法がもっとも効果的だった!~
Finerenone with Empagliflozin in Chronic Kidney Disease and Type 2 Diabetesより引用
180日後の検査で、たんぱく尿の変化は次のようになりました(グラフA):
・ A群(併用):52% 減少
・ B群(フィネレノン):32% 減少
・ C群(エンパグリフロジン):29% 減少
つまり、2つの薬を一緒に使ったA群(併用)が、他のグループに比べて30%も高い腎保護効果を示したということです。
4.副作用や安全性は?
これらのくすりは、内服始めると一時的にeGFRが下がったり、高カリウム血症になりやすかったりすることがあります。
では実際はどうだったのでしょう?
< 主な副作用の発生率>
副作用 | 併用群 | フィネレノン単独 | エンパグリフロジン単独 |
高カリウム血症 | 9.3% | 11.4% | 3.8% |
eGFR 30%以上の低下(30日間) | 6.3% | 3.8% | 1.1% |
重大な副作用(全体) | 7.1% | 6.1% | 6.4% |
グラフを見ると、高カリウム血症については併用群でやや高めにあるようですが、有意な差ではなかったようです(グラフB)。
この高カリウム血症のリスクを減少させたのは、SGLT2阻害薬の利尿作用が効いているのかもかもしれません。
eGFRの変化についても、やはり併用群でのeGFRの低下が少しきついように見えますが、重大なものはなく、一時的な低下のあとは安定して経過したとのことです(グラフC)。
5.この研究からわかること ~「最初から併用」という選択肢もある!?~
現在は「まずはどちらか一方の薬を使い、様子を見ながら追加する」というステップが一般的です。
しかし、この研究の結果は「はじめから併用した方が、早くしっかり腎臓を守れるかもしれない」という可能性を教えてくれます。
もちろん、副作用(特にeGFRの一時的な低下、高カリウム血症)も想定しなければならず、すべての方にこの併用が適しているわけではありません。
一方で「2つの異なる作用をもつ薬を組み合わせて、腎臓をより守れるかもしれない」という可能性は、これからの糖尿病による慢性腎臓病の治療において、重要になってきそうです。
6.おわりに
この研究は、糖尿病による慢性腎臓病を抱える方にとって、新たな希望となり得る内容です。
治療法の選択肢が広がることで、私たち医療者もより患者さん一人ひとりに合ったアプローチを考えることができます。
「今の治療で本当に腎臓を守れているのかな?」と気になったら、ぜひ主治医と相談してみてください。
※このコラムは、2025年に発表されたNEJM掲載論文「Finerenone with Empagliflozin in Chronic Kidney Disease and Type 2 Diabetes」の内容をもとに、一般の方向けに私見も含めて解説したものです。