第9回:アストラゼネカワクチンは効果が長持ちするのか?~英国38万人の調査から~
連日、ワクチンに関連する報道を見かけますが、8月24日、以下のようなワクチンに関する新たな新聞記事がありました。
「英オックスフォード大学が発表した研究では、ファイザー製ワクチンの発症予防効果は接種から4カ月でほぼ半減し、デルタ型に感染したワクチン接種者のウイルス量は無接種者と変わらなかったことが明らかになった。米国とカタールの2つの研究論文も3回目の追加接種(ブースター接種)の必要性についての議論を巻き起こしている。この2つの研究では、重症化を防ぐ効果は維持されているもようだが、接種を終えた後に感染する「ブレークスルー感染」は予想よりも多かったことが示された。」 日本経済新聞(フィナンシャル・タイムズ)より一部抜粋
第5回のコラムでは、モデルナ製ワクチンがファイザー製ワクチンよりもデルタ株に対する効果が高い可能性があるという、研究結果についてご紹介しました。
今回は、アストラゼネカ製ワクチンがファイザー製ワクチンよりも、効果の"持ち"が長いという研究結果※1についての報道がありましたので、ご紹介したいと思います。 ※1:この研究結果もまだ論文としての承認を受けていないものです
この研究は、イギリスで約36-38万人を対象に行ったものです。
2020年12月1日から2021年5月16日までは、アルファ株感染が多かったため、”アルファ株期間”と考え、2021年5月17日から8月1日になると、デルタ株感染が優勢になったために”デルタ株期間”と考えて、その間にPCR検査の結果がどう変化をしたかを見て、ワクチンの効果を測定しています。
まず、この研究の凄いところは、膨大なPCR検査回数で調査しているところです。
38万人という一中核都市レベルの人口に対して”アルファ株期間”の約半年では合計258万回、”デルタ株期間”は2か月半という短期間にも関わらず、81万回ものPCRを行っており、日本(これまでの累計で人口1億2600万人に対して約2000万回)とは桁が違います。
この検査数の違いは、イギリスではPCR検査を市民が「必要な時にいつでも受けられる」よう検査体制が整備されているためです。
「医師や保健所が問診によって感染の可能性を完全に否定できるわけではない」という考えのもと、疑わしい場合にはとにかく検査を受けてもらおうという方向性で、4月からは週2回は無償で誰でも受けられるようになっているようです。
つまり、症状があろうとなかろうと、少しでも気になればPCR検査をやっているのです。(良し悪しは別として、日本とPCR検査に対する考え方が大きく違います)
そしてこの研究は、そのPCR陽性率でワクチンの効果を調査しているのですが、比較する分類分けが多岐にわたっているため、要点だけをかいつまんでお伝えします。
ざっくりいうと、アルファ株期間・デルタ株期間それぞれで、以下の効果を比較しています。
① 接種1回のみ終わった後(1回目接種後21日以降※2)の予防効果について:ファイザー製 vs アストラゼネカ製 ※3
② 接種2回とも終わった後(2回目接種後0-13日と14日以降)の予防効果について:ファイザー製 vs アストラゼネカ製 ※3
※2:イギリスでは、1回目から2回目までの間隔が70日以上と長いので、1回目接種後21日以降であっても、2回目接種はまだ終わっていません。
※3:モデルナ製についても1回目接種後のみ検討していますが、ここでは割愛させていただきます。
では研究結果に記載されていた、各ワクチンの予防効果を簡略化してお示します。
これを見てまずわかることは、1回接種しただけではPCR陽性への予防効果は、どちらのワクチンでもやはり低い(60-70%程度)ということです。
そして、2回目の接種が済んで2週間以内よりも、2週間以上経った後の方が、予防効果が上昇してくることがわかります。
ここで、現在日本でも問題となっている”デルタ株期間”に注目してみましょう。
接種後どの段階であっても、アルファ株期間と比べて、デルタ株期間では予防効果が落ちていることがわかります。
更にファイザー製がアストラゼネカ製よりも予防効果が高いこともわかります(詳細は割愛しますが、統計学的にも有意差があります)。
ここまでの結果は、以前から広く言われている内容と合致しており、特別な驚きはありません。
次に今回の研究で、最も話題となった結果を見てみましょう。
実はこの後、更に長い期間(2回目接種後120日)までPCR陽性者を確認していったところ、ファイザー製は2回目接種後から30日ごとに22%ずつ予防効果が減少しましたが、アストラゼネカ製は、その減少幅は30日ごとに7%程度にとどまったとのことです。
すると、どうでしょう。
図のように、2回目接種後の当初は、ファイザー製ワクチン接種者の方が、アストラゼネカ製ワクチン接種者よりも”ウイルス量の多いPCR陽性”になってしまう確率が低かった(=ファイザー製ワクチンの方が効果が高かった)のですが、3-4か月後あたりでその効果がほぼ同等になり、場合によってはその後逆転してしまう可能性があるというのです。
つまり、「アストラゼネカ製ワクチンは、接種当初の予防効果の立ち上がりは今一つだが、効果が長持ちする可能性がある」ということです。
モデルナ製ワクチンと比べた研究(第5回コラム参照)でも同様でしたが、やはりファイザー製ワクチンは、感染予防効果の持続が他のワクチンと比べて短い可能性は高そうです。
そして、これらの研究結果が、今話題のブースター接種の必要性を訴える根拠となっています。
その他に、本研究結果には以下のようなことも書かれていました。
◆ ファイザー製、アストラゼネカ製どちらのワクチンも予防効果は非常に高いが、どちらのワクチンもデルタ株に対する予防効果は、アルファ株に対する予防効果と比べると弱い
◆ 新型コロナウイルスに感染したことがある人がワクチンを接種すると、感染したことがない人が接種するよりも高い予防効果が得られる
◆ ワクチン接種1回目と2回目の間隔が長く(9週間以上)ても、短く(9週間未満)ても、ワクチンの予防効果に影響しない
◆ 若年者(18-34歳)は、中高年者(35-64歳)よりもワクチンの予防効果が高かった
個人的な感想で申し訳ありませんが、本研究結果の中で、ワクチン予防効果を考える上での2つの免疫機序についての記載に興味を持ちました。その2つとは‥
① 気道粘膜での免疫:これは、ウイルスの侵入を防ぎ、感染の定着を防ぐ意味があります。
② 全身での免疫:これは、感染後に重篤化するのを防ぐ意味があります。
ワクチンは筋肉注射で投与され、体内での抗体産生を促すものですから、②の免疫に働きかけるものです。
しかし、デルタ株の場合、もしかすると気道でウイルスを複製する(増殖する)強みを持っている可能性があるということなのです。
そのため、気道粘膜表面で感染力を増強してから体内に侵入するため、ワクチン効果が乏しくなるのではないかというのです。
となると、鼻から吸入して接種するワクチンは、粘膜に直接散布されるものなので、デルタ株に対する感染予防という意味では効果的なのかもしれません。
日本の塩野義製薬が吸入型ワクチンを開発中ということですが、もし治験に成功して市場に出回るようになれば、デルタ株に対する解決策の一つになるかもしれません。(←これは完全な個人的感想です)
ワクチンの予防効果に関しては、様々な研究結果で出てきていますが、その国のやり方や対象者の特徴、接種時期など、多くの因子が含まれており、まだ一定の見解が得られていないというのが現状です。
ただし、現在猛威を振るっているデルタ株は非常に感染力が強いことはわかっています。
今回の研究結果を通じて言えることは、「どのワクチンを接種した後でも、感染防止策は引き続き続けていくことが大切」ということですね。
※ 当院で取り扱っているワクチンは、ファイザー製のものです。