第29回:ブタは腎臓病の救世主になるのか?① ~ニッポンと世界の腎臓移植の現状~
今年1月の話ですが、米国で「脳死患者対してブタの腎臓を移植することに成功した」という話題がありました。
これは今後の腎臓病患者さんの治療の可能性を考える上でも、少なからず大きな話題でしたのでご紹介したいと思います。
腎臓移植はどんな人が受けるの?
腎臓は尿をつくることで、体内に溜まった水分の排泄や老廃物(尿毒素)を除去するはたらきを担っている臓器です。
しかし日本においては、糖尿病などによって腎臓機能が低下する人が多く、慢性腎臓病(腎臓の機能低下が3か月以上続いている状態)の人が8人に1人程度いるといわれています。
慢性腎臓病が進行して、”末期腎不全”と呼ばれる腎臓の機能がほぼ”ない”状態になると、”腎代替療法”と呼ばれる治療を受けないと生きていけなくなってしまいます。
腎代替療法として現在できる方法は、”人工透析”・”腹膜透析”・”腎臓移植(生体・献腎)”があり、いずれかの治療法を選択する必要があります。
なかでも腎臓移植は、これまで通りの生活ができる(人工透析のような週3回の通院や、腹膜透析のような自己管理が必要ない)という意味で、「患者さんの生活の質を維持できる」こと、さらには「医療費削減の面でも優れている」ことから、日本だけでなく世界的にその普及が推奨されてるのです。
腎臓移植が普及しないニッポン
しかし、日本の腎臓移植件数は、(徐々に増加傾向にあるものの)年間2,000件程度※と伸び悩みの傾向が続いています。
※ 人工透析は年間38,000人程度、腹膜透析は年間2,500人程度の人が導入されています
ちなみに米国では、年間25,000件近く(日本の10倍以上)の腎臓移植が行われており、そのケタ違いに驚かされます。
日本で臓器移植というものが普及しない理由として、「人工透析が全国各地に広く普及し、患者さんの通院ストレスが少ない」、「臓器移植や臓器提供に対する考え方のちがい」、「移植手術可能な医療機関数が少ない」、「臓器提供数が少ない」などが言われています。
なかでも、「臓器提供数が少ない」は世界的にも際立っているようです。
臓器提供数を世界の国々と比べてみる(グラフ)と、人口100万人あたり日本は0.99で、アメリカの約1/39・韓国の約1/9程度と、非常に少ないことがわかります。
なぜ、これほど日本は臓器提供数が少ないのでしょうか?
臓器提供カードのからくり
この理由の一つに、”オプト・イン (opt in)”という制度によるものともいわれています。
”オプト・イン”とは「臓器提供するには、本人(または家族)が意思表示をすること」が必要な制度です。
日本で臓器提供するには、「臓器提供します」という”意思表示”をする必要があります(逆に、何も意思表示をしなければ、臓器提供はされません)。
一方、フランスやスペインなど(イギリスを除く)欧州各国の制度は、”オプト・アウト (opt out)”と呼ばれ、「本人が臓器提供に反対の意思を残さない限り、臓器提供をするものとみなす」というものです。
つまり、「臓器提供しない」という意思表示をしない限り、”臓器提供対象者”とみなされるのです。
この制度のちがいは、行動経済学という分野でも有名な題材として取り上げられますが、
デフォルト(標準)を「臓器提供しないこと」にするのか、「臓器提供すること」にするのかで、人々の行動に大きな違いができてしまうというわけです。
世界的な臓器提供不足
しかし、世界で最も(人口100万人あたりの)提供臓器数が多い米国は、実は”オプト・イン”制度です。
ですから、制度のちがいも理由の一つではありますが、それだけではない「臓器提供への考え方のちがい」もあるのかもしれません。
ところで、そのケタ違いに腎臓移植件数が多い米国でさえも、”腎臓移植待ち”の患者さんが9万人以上もいるそうで、臓器提供不足問題はどの国でも少なからずあるようです。
ちなみに2018年のニューヨーク・タイムズ紙によると、米国では成人の58%が臓器提供登録をしているにもかかわらず、平均して毎日20人程度が臓器提供不足によって亡くなっているというデータがあります。
そのような中で、今回のブタの腎臓移植は、「提供臓器を増やし、移植が普及する解決になるかもしれない」ということで注目されました。
次回は、実際の結果を含めてご紹介します。