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第30回:ブタは腎臓病の救世主になるのか?② ~ブタの腎臓移植の結果は?~

[2022.06.13]

前回コラムでは、日本の腎臓移植の現状や世界的な臓器提供不足についてご紹介しました。

 

ところで、”動物の臓器移植”というとセンセーショナルな話題に思えますが、”動物の臓器移植”だけでいえば今回が初めてではないようです。

動物の臓器移植ってできるの?

実は、動物の臓器を移植する試みの歴史は古く、動物の”血液”と”皮膚”を使用することに関しては、数百年前からあったようです。

 

最近ですと、1960年代にチンパンジーの腎臓が人間の患者さんに移植され、9か月生存していたことがあったそうです。

 

1983年には、ヒヒの心臓が乳児に移植されましたが、この時は20日後に亡くなったそうです。

 

様々な動物を試してきた歴史があるようですが、なかでもブタは、生後6か月で人間の臓器サイズまで育つことから、臓器提供動物として優れているといわれています。

 

たしかにブタの心臓弁は人間の弁置換術に使われいますし、日本でも1型糖尿病の患者に対してブタの膵臓の細胞移植の治験が行われています。

 

また、ブタの皮膚は火傷患者の一時的な移植片としても使用されているのです。

 

さらに、今年1月には米国でブタの心臓移植が重症心臓病患者に移植され、術後2か月間安定して過ごしたそうです。

(2か月後の結果は後ほど簡単にご紹介します)

ブタから取り出された心臓(ニューヨーク・タイムズ紙より)

 

臓器そのものを移植することはまだ確立されていませんが、体の一部分に対して動物由来のものを移植する方法は、ある程度普及しているのですね。

 

ブタの腎臓移植はどうだった?

そして今回は、”腎臓”という臓器そのものをブタから取り出して、人間に移植できたというところが注目点となりました。

 

今回移植されたブタは、移植後の拒絶反応が起こらないようにするため、また移植後に臓器が成長しないようにするために4つの遺伝子を除去するなど、ゲノムが10回変更され、更に6つのヒト遺伝子がブタのゲノムに挿入されそうです(詳しいことは私もわかりませんが、相当な遺伝子変更をほどこされたことは想像がつきます)

 

ニューヨーク・タイムズ紙より

そして今年1月、米国アラバマ大学バーミンガム校において、57歳の脳死男性の片側腎臓に対するブタの腎臓移植が行われました。

 

結果、ブタの腎臓は移植後約23分たって尿を作り始め、74時間機能を続けたそうです。

 

尿が問題なく作られたことによって、”成功”と発表がされました。

 

しかし、その後に発表された論文によると、ブタの腎臓は老廃物(尿毒素)の除去(クレアチニン・クリアランス)についてはそれほど回復しなかったということです。

 

つまり、”尿”という水分を排泄する機能は保たれたようですが、もう一つの大事な機能である「老廃物の除去機能」まで完全に代替したとはいえなかったようです。

 

実は、米国の別施設(ニューヨーク大学)でも昨年9,11月と2回、脳死患者に対するブタの腎臓移植が行われていました。

(この移植術は、血管などを患者とつないだだけで、患者のお腹の中に移植腎は入れなかったこともあるせいか、あまり話題になりませんでした)

 

この2回の移植は、ある程度機能が保たれている2つの腎臓のうち1つを、ブタの腎臓に付け替えました。

 

5月19日に著名な医学誌に掲載されたこの結果報告によると、移植後48時間は尿量が著明に増加し、腎臓機能も改善したとのことです。

N Engl J Med 2022; 386:1889-1898より引用・一部改編

たしかにグラフを見てみると、移植前後でブタの腎臓は大量の尿を作り、さらには残った自分の腎臓でも尿量が増えていることがわかります。

 

しかし、これはヒトの腎臓移植でも見られる移植直後の”利尿期”と呼ばれる尿量増加時期といえそうです。

 

そして、尿量増加に伴って腎臓機能の線グラフも改善しているようです。

 

尿量が劇的に増えると、(効率が悪くても)ある程度の老廃物が除去されるので、数値上腎臓機能が改善しているように見えてしまいます。

 

しかしこの腎臓機能は、自分の腎臓とブタの移植腎臓の機能を合わせた数値です。

 

ですから、どちらの腎臓機能の回復に寄与したのか、そしてブタの移植腎がどれだけ効率的に老廃物を除去したのかははっきりしていないようです。

 

つまりこのデータだけでは、「ブタの腎臓移植によって、人間の腎臓機能を全てまかなえる」とは言えないということです。

 

まとめ

ブタの臓器移植、みなさんはどう思われますか?

 

ちなにみにニューヨーク・タイムズ紙への投稿コメントを見ていると、臓器移植が普及している米国でも、ブタの臓器移植に対しては意外と否定的な意見も多いようです。

 

理由として、①「倫理的問題」や、②「動物愛護問題」、③「ブタ遺伝子に内在するウイルス(PERV)が流行する懸念」などへの疑問が数多く見られます。

 

③について補足しますと、先ほどご紹介した「重症心臓病患者へのブタ心臓移植」では、移植2か月後に移植心の機能が急激に悪化して亡くなってしまいました。

 

当初、原因がわかりませんでしたが、5月になって「ブタ遺伝子内在ウイルス(PERV)による」可能性がわかってきたそうです。

 

ブタの臓器移植が医療技術として確立するには少し時間がかかりそうですが、大きな一歩であることは間違いありません。

 

しかし技術として確立したとしても、それが広く受け入れられて普及するのには、様々な超えるべき壁が多いようですね。

 

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