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第26回:ウクライナの透析患者さんは大丈夫なのか? ~ウクライナの透析事情とは~

[2022.03.15]

連日、ロシアによるウクライナ侵攻の報道がされています。

 

日々ウクライナの痛ましい映像を目にする中で、(あまり報道されないことではありますが)個人的に気になっていたことがあります。

 

それは、「このような非常事態にウクライナの透析患者さんは大丈夫なのか?」ということです。

 

そこで、ウクライナの透析事情について調べてみたところ、いくつかウクライナの透析事情の特徴が見えてきたので、ご紹介したいと思います。

 

特徴①:ウクライナは透析患者数がとても少ない

Kidney International (2021) 100, 182–195より引用

実はウクライナ、欧州で最も透析患者の有病率※1が少ない国らしいです。  

 

※1 有病率:人口100万あたりの患者数

 

2020年の国際腎臓学会誌の報告によると、ウクライナの腎代替療法※2(人工透析・腹膜透析・腎移植を含む)患者さんの有病率は、188人だったそうです。

 

※2 腎代替療法:人工透析・腹膜透析・腎移植の患者さん全てを含んだものを指します

 

 

Kidney International (2021) 100, 182–195より引用

ちなみに欧州で、最も腎代替療法患者の有病率が多い国のポルトガルが1,960人とのことです。

 

日本の腎代替療法患者の有病率は約2,700人ですから、ウクライナの透析患者割合は日本の約14分の1程度ということです。

 

ちなみに日本の透析患者さんの有病率が190人程度だったのは、1977年頃(45年前)です。

 

欧州腎臓学会の2019年アニュアルレポートによると、2019年時点でウクライナには、7,869人の患者さんが人工透析を受けていたとのことです(そのほか、腹膜透析は922人、腎移植後は1,459人)。

 

日本では、約35万人の患者さんが人工透析を受けていることと比べると、(人口約3分の1(約4,400万人)の国とはいえ)とても少ない印象です。

 

なぜこれほどまで腎代替療法の患者さんが少ないのでしょう?

 

一つの理由として、その国の経済力が考えられます。

 

医療コストがかかる腎代替療法の普及には、その国の経済力(一人あたりのGDP、医療費支出額)と、関係しているといわれています。

 

つまり、経済力が高い国ほど、腎代替療法の数も増えていくというわけです。

 

一人あたりのGDPが、日本が4万ドル程度に対して、ウクライナは同3,700ドル程度と10分の1以下であることを知ると、少し納得できるのではないでしょうか。

 

(ちなみに、日本の一人あたりのGDPが現ウクライナとほぼ同額な時期は1973年頃(49年前)です)

 

特徴②:透析患者さんの年齢が若い

先ほどご紹介した2019年アニュアルレポートによると、ウクライナの透析患者さんの平均年齢は53.4歳とのことです。

 

2019年の日本の透析患者さんの平均年齢は69歳程度であることと比べると、”かなり若い”といえます。

 

グラフ1

ちなみに、日本の透析患者さんの平均年齢がウクライナと同じ53歳くらいだったのは、1988年頃(34年前)です(グラフ1参照)。

 

この”かなり若い”理由も、その国の経済力と関係しているようです。

 

経済力が上がれば、医療水準も高くなり、長生きできるようになります。

 

長生きできれば、それなりに何らかの病気をわずらう人も増え、腎不全の人も同じように増えていくわけです。

 

ウクライナの男性平均寿命が65歳程度(日本は80歳程度)であることを考えると、腎代替療法が必要になる前に他の理由で亡くなってしまう方も多いことが想像されます。

 

特徴③:腎臓病になった原因に占める糖尿病の割合が少ない

2012年のものですが、ウクライナの透析についてまとめた報告によると、ウクライナでは、糖尿病が原因で透析をしている患者さんは、全体の約12%だったそうです。

 

日本ではちょうど2012年頃、透析患者さんの原疾患第1位に糖尿病がおどりでた時期(それまでは糸球体腎炎が第1位でした)で、全透析患者さんの37%が糖尿病による腎不全でした(グラフ2参照)。

 

グラフ2

これの糖尿病患者さんの少なさは、やはり経済的要因も含まれているかと思われますが、その他に人種差やその国の食習慣なども関係しているかもしれません。

 

ちなみに、日本において糖尿病が原因の透析患者さんが12%程度だったのは、平均年齢と同じく1988年頃(34年前)です(グラフ2参照)。

 

有病率や平均年齢、糖尿病の割合を見ていると、

 

30-40年程前の日本の透析患者状況とウクライナの現況が似ている※3のかもしれません。

 

※3:透析患者の人口動態や分布が30-40年前の日本と似ているだけであって、医療水準が30-40年前と似ているわけではありません。

 

特徴④:民間透析施設は全国でわずか2つだけ

2012年時点で、ウクライナには全国に85の透析施設(民間2、公立83)があるとのことです。

 

97%以上の透析施設が公立なのは、ウクライナがソビエト連邦(社会主義国)の一部だった名残りといえるでしょう。

 

こちらの論文では、この「民間医療機関の少なさが、腎代替療法患者さんの少なさの理由の一つ」と述べられています。

 

その根拠について、隣国ルーマニアとの比較しながら書かれています。

 

ルーマニアはウクライナとほぼ同じくらいの経済力(医療費支出額)にも関わらず、5倍もの透析患者さんがいるそうです。

 

なぜウクライナとルーマニアとでは、透析患者さんの数に差があるのでしょうか。

 

ルーマニアとの大きな違いは、民間透析施設が多いということです。

 

ルーマニアの透析施設の20%が民間立とのことです。

 

民間施設が多いと、患者さんも受診がしやすくなるため、「幅広い患者さんが透析治療を受けられるようになる」と分析されています。

 

まとめ

結局、今回のテーマである「ウクライナの透析患者さんは大丈夫なのか?」を知る情報にたどり着くことはできませんでした。

 

ただし、ウクライナへのロシア侵攻が始まって以降、欧州を中心とした様々な団体から腎臓病患者さんの救済に向けた声明(123)が発表され、周辺国で積極的に患者さんを受け入れる話はでているようです。

 

ウクライナの透析患者さんが、安全に透析が受けられる環境に避難できていることを願うばかりです。

 

 

最後に、

 

(今回のコラムを書いていて)人工透析は、「水や電力・医療物品を十分に使える環境を前提とした方法」であることを個人的にはつくづく感じました。

 

今回のような紛争(人的災害)だけでなく、自然災害(震災・水害)など、”前提とした環境”が崩れた場合についての対策、

 

はたまた(数十年前からほとんど変わっていない)水や電力に依存した”人工透析”のあり方を、もう一度考える必要はありそうですね。

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