第19回:ヘビーメタル・バンドは、からだに悪いの? ~音楽と健康の関係~
突然ですが、ヘビーメタルという音楽のジャンルをご存じですか?
私も中高生の頃はそれに近い音楽を聴くことがありましたが、簡単に言えば「かなり激しいロック・ミュージック」といったところでしょうか。
今回は、そのヘビーメタルにまつわる少し変わった論文が、British Medical Journalという医学誌に掲載されたのでご紹介したいと思います。
ところで、British Medical Journalは、”世界5大医学誌”の一つに数えられる権威ある医学誌にもかかわらず、
毎年この時期、クリスマス特集として一風変わった論文特集を掲載します。
今年も、今回ご紹介する論文以外に、
「クリスマスカードを贈ると、臨床試験参加者の参加率は維持できるのか?」⇒こちら
「AIがクリスマス特集号に載せられるような面白い論文題名をつくれるのか?」⇒こちら
「”難しくない”という意味の英語フレーズである”It's not rocket science"と、"It's not brain surgery"のどちらが、実際の宇宙工学エンジニアと脳外科医にとっては適切な使い方なのか?」 ⇒こちら
という論文が掲載されています。
しかし、なぜこの権威ある医学誌が「イグノーベル賞」のようなことを毎年行っているのでしょうか。
その理由の一つとして、イギリスの科学界の古くからの慣習と関係しているようです。
たとえば英国王立研究所では、毎年クリスマスシーズンに子供たちへのプレゼントとして、科学のオモシロ講座を開く伝統があります(ウィキペディアより)。
ですから、これも
「イギリス医学界からのクリスマスプレゼント」
といったところなのかもしれません。
では、今年のクリスマス特集の一つである「ヘビーメタル・バンドが多いと、死亡率、入院発生率が多くなるのか」という論文をご紹介します。
音楽と健康の関係性
みなさんも、音楽を聴いて気持ちが落ち着いたり、元気が出たりする経験をしたことがあるかと思います。
元々、音楽が感情や精神に影響することは知られていますが、それが健康と関連するかははっきりとわかっておりません。
特に”クラシック”や”ジャズ”は、リラックス効果や集中力を高める効果があるといわれている一方で、
”ラップ”や”ヘビーメタル”といわれるジャンルの音楽は、反社会的行動、暴力、アルコール、薬物使用と関係する傾向があるといわれているそうですが、
本当なのかは定かではありません。
そこで本研究は、(世界のヘビーメタル音楽の中心地※といわれている)フィンランドにおいて、ヘビーメタルバンドと健康の関係性を検証しています。
※(私も知りませんでしたが)2016年、オバマ大統領は北欧の首脳をホワイトハウスに迎えたスピーチで、「おそらくフィンランドは、一人当たりのヘビーメタルバンドが世界で最も集積している場所でしょう」と述べたらしいです。
方法
世界中のヘビーメタル・バンドが登録されているサイト(科学的研究にも使われているとのことです)から、
フィンランドに拠点を持つ3,871のヘビーメタル・バンドを抽出し、
各バンドの拠点都市を特定した後、拠点都市ごとにバンド数を算出しました。
さらに、各都市の人口から人口10万人あたりのバンド数を算出して、
バンドの集積密度を(低・中・高・最高)の4つに区分けしています。
そして各都市の死亡率、入院発生率を見て、バンド集積密度によって差があったかを検証しました。
また、死亡・入院の原因として、
①事故・暴力によるもの
②内科疾患によるもの
③アルコールによるもの、
④自傷行為(自殺を含む)によるもの
⑤精神疾患によるもの
に分けても検証ています。
結果
まず、死亡率についてです(図1)。
図1:Pekka Martikainen et al. BMJ 2021;375:bmj-2021-067633 より改編
全死亡率は、ヘビーメタル・バンドがゼロの都市と比べると、最高密度のバンド集積都市は、全死亡率が8%低かったそうです。
中でもアルコールによる死亡は、最高密度のバンド集積都市で17%も低かったとのことです。
次に入院発生率です(図2)。
図2:Pekka Martikainen et al. BMJ 2021;375:bmj-2021-067633より改編
精神疾患による入院以外は、ヘビーメタル・バンドの集積密度が高い程ほど、入院発生率が低くなっていたとのことです。
まとめ
本研究結果から、ヘビーメタル・バンドが、健康によい影響を及ぼす可能性があるということがわかりました。
しかし、一般的にはけっしてよい印象でない”ヘビーメタル”というジャンルの音楽が、なぜ健康によい結果となったのでしょうか。
本論文によると、
「音楽と関わる機会が多いと、ファンクラブやライブ会場を通じた、ファン同士・地域住民同士の社会的つながりが多くなり、それがよい影響を及ぼしたのではないか?」
とのことです。
これは、なかなか考えさせられる考察です。
音楽は、個人の”感情的”・”精神的”影響だけでなく、(ジャンルを問わずに)「ヒト同士のつながりを創る」という、よい効果があるということが言えるかもしれません。
超高齢化社会の日本でも、「高齢者がいかに健康でいられるか」の大きな要因として、
”社会とのつながり”
を続けることが挙げられており、この考えと一致します。
今回の研究結果からすると、(高齢者に限らず)ヘビーメタルを聴くような若者であっても、それは同じなのでしょう。
さらにコロナ禍で話題になった、「芸術や音楽・スポーツの”意義”」もここから見えてくるように(個人的には)思えます。
芸術や音楽・スポーツは、「感動や勇気・希望を与える」ことが、大きな”意義”とよく言われます。
しかし、それだけなのでしょうか。
じつはそれ以上に大切なのが、芸術や音楽・スポーツをきっかけに「ヒト同士のつながりを創る」効果なのではないかと感じます。
コロナ禍によって「社会”や”ヒト同士”のつながり」が、よい意味でも悪い意味でも薄くなったといわれていますが、
もう一度、それを”創りなおす”ことも必要かもしれませんね。
(今後も適宜、過去の”変わった論文”もご紹介していければと思います。)