第53回:新しい時代のはじまり? IgA腎症に効くかもしれない新薬「イプタコパン」
学校健診や健康診断で、「血尿(and/or)タンパク尿が出てますね」って言われたこと、ありませんか?
そんな軽い症状がきっかけになるのが、"IgA腎症(アイジーエーじんしょう)"という病気です。
これは腎臓のフィルター部分に免疫の異常が起きることで、尿から血液やたんぱくが漏れ出てしまう病気で、比較的若い方に多く発症します。
最近、このIgA腎症に対して、“飲み薬”で新しい効果が期待できるものが、出てきました。
その名は「イプタコパン」※。
今回は、この薬の効果を調べた研究とIgA腎症について、簡単にご紹介します。
※ 2025年6月現在、日本では「C3腎症」、「発作性夜間ヘモグロビン尿症」にのみ使用可能で、IgA腎症には使用できません。
1. IgA腎症ってどんな病気?
IgA腎症とは、尿の中にたんぱくや血が混じる病気で、腎臓のフィルターである「糸球体」に炎症が起こるのが原因です。
その病気の特徴を簡単に挙げると:
・若い人にも発症しやすい(10〜40代で多い)
・初期は症状がなく、健康診断の尿検査で見つかることが多い
・放置すると腎臓の働きが徐々に弱まり、将来的に透析が必要になることもある
この原因のひとつとされているのが、体の「免疫バランスのくずれ」です。
本来、”免疫”とは外敵をやっつけるために存在するのですが、IgA腎症の場合には、IgAという抗体が普通じゃない形で作られ、自分の腎臓に沈着して炎症を起こします。
2. これまでの治療とその限界
IgA腎症に対しての治療は、これまでは「サポート的な治療」が中心で、完全に「治癒」 とはならないこともありました。
具体的によくとられる治療方法は:
・血圧を下げる薬(ACE阻害薬やARB)で腎臓への負担を軽くする
・食事の塩分制限やたんぱく制限
・扁桃摘出術
・ステロイド(副腎皮質ホルモン)治療
そこで今、注目されているのが、“体の免疫バランスのくずれ”に直接働きかける、新しいタイプの治療薬です。
その一つが「イプタコパン」なのです。
3. イプタコパンってどんな薬?
イプタコパンは、体の中にある「補体(ほたい)」という免疫システムの“暴走”をおさえる薬です。
補体とは、病原菌などの外敵を攻撃する体の仕組みのひとつですが、IgA腎症ではこの仕組みが過剰に働いてしまい、腎臓の中で炎症が起きます。
イプタコパンは、この中でも「代替経路(だいたいけいろ)」という部分をピンポイントで抑えることで、腎臓への攻撃をやわらげます。
しかも、「飲み薬」というのが大きな特徴です。
4. 今回の研究:どんなふうに効果を調べたの?
今回の研究は、世界34か国・164の施設で行われ「ランダム化二重盲検試験」という方法で実施されました。
対象になったのは、次のような患者さんたち:
・IgA腎症と診断されている
・たんぱく尿が1g/日以上ある(治療をしてもおさまらない)
・腎臓の働きがある程度保たれている(eGFRが30以上)
また患者さんたちは、薬剤による感染症リスクがあるため、研究開始前に複数のワクチン接種を受けました。
そしてランダムに、
グループ① イプタコパンを1日2回飲むグループ
グループ② 偽薬(プラセボ)を飲むグループ
に分けられ、9か月後の「尿中のたんぱく量」がどれだけ変わったかを比較しました。
5. 結果:たんぱく尿が大きく減った!
研究の結果、次のようなことが分かりました(グラフA)。
Alternative Complement Pathway Inhibition with Iptacopan in IgA Nephropathyより引用
・イプタコパンを飲んだグループでは、尿中たんぱくの量が約38%減少。
・一方、偽薬のグループでは、ほとんど変化がありませんでした。
また、副作用も:
・イプタコパングループと、偽薬グループとで大きな差はない
・特に、一番の懸念点である感染症のリスクも大きな差はない(研究開始前に必要なワクチンは必ず接種済みです)
という点も安心材料です。
さらに、9か月間で腎機能が悪化して透析が必要になった人は、イプタコパン群ではゼロでした。
6. この薬がもたらすかもしれない未来
この研究は、まだ途中経過ではありますが、期待がもてる内容です。
というのも、
・飲み薬という手軽さ
・副作用(特に感染症)が大きく増えなかったという安全性
・IgA腎症の原因に直接アプローチして治療している(サポート的治療ではない)
もちろん、長期間の使用で腎機能をどれくらい守れるか(eGFRの維持)については、
今後の追跡結果を待つ必要がありますが、
すでにアメリカでは「条件付き承認」が出ており、実用化へ一歩ずつ進行中なのだそうです。
7. まとめ
IgA腎症は、気づかないうちに腎臓にダメージを与え続けてしまう可能性がある病気です。
でも、今回紹介したイプタコパンのように、体のしくみにしっかり働きかける新しい薬が登場しはじめています。
もちろん、まだまだ研究の途中であり、日本ではIgA腎症に対して使えませんが、将来の治療の幅を広げてくれる可能性は十分にあります。
治療法が増えるということは、それだけ患者さんにとって“選べる未来”が増えるということです。
少しずつ前向きな時代に変わっていくといいですね。
※イプタコパンは2025年6月現在、IgA腎症に対する保険適応が通っておりません。
※このコラムは、2025年に発表されたNEJM掲載論文「Alternative Complement Pathway Inhibition with Iptacopan in IgA Nephropathy」の内容をもとに、一般の方向けに私見も含めて解説したものです。